_psykhē_
ひらひらと無数の蝶が舞い漂う
その中でひときわ淡く蒼白い光を放つ蝶に導かれ
辿り着いたのは
緑深く
仄暗い
森の中
エメラルドグリーンの静寂
微かな木漏れ日が差し込む先に
湧き上がる清らかな水
その水は泉となり森を潤している。
私はその泉に近付き
誰に言われるでもなく足先からゆっくりと身を浸していく。
次の瞬間_________。
私は私のすべてを忘れていた。
私が誰であったのか。
私は何処からきて、どのようにして此処に辿り着いたのか、
私は何であったのか、
これまでどのような人生を歩んできたのか。
私は果たして……。
これまでの私はその名に相応しい者であっただろうか。
いや、そのように在ろうとした。
そう…私の名は確か……。
あぁ、分からない。
まだ微かに残る記憶の断片さえも脳裏をかすめては消えていく。
もう私が誰であるかさえも思い出せない、
全部、消えてしまった。
けれど不思議と怖くはない。
私はもう何者でもないのだ。
私を縛るものはなにもない。
私が私を縛ることもない。
すべては過去のものでありそして消えた。
いや、消えたのではなく、すべては今ここに集約されたのだ。
ただひとつ
忘れたことで思い出したことがある
これまで自分だと思っていたもの
これが世界のすべてだと感じていたこと
それらはいっときのまぼろしのようなものだったのだと。
私には失うものなど何もないのだ。
そして今初めて私は
私という存在は初めから何も持たず、
けれどすべてを私は持っていた。
そうして世界は私自身であり
私は私に還るだけなのだということを
今この瞬間理解したのだ。
いや、知っていた。
私は何処かで知っていたのだ。
私は魂という存在であり
永遠不滅の存在なのだということを。
今、『私』という個は消えた。
だが何も怖れることはない。
これは消滅ではなく回帰という循環に過ぎないのだから。